東 京 歌 会 2019年11月 井 本 昌 樹
爽やかな秋晴れに恵まれた十一月東京歌会では、いずれも
「今月の十首詠」に選ばれた、次の作品たちに心惹かれた。
もどりきてまたもどりきてまなかひの支柱に
ぴたりと止まる塩辛(しお)蜻蛉(から) 遠藤 たか子
〈ここからが正念場〉とふ標識ありてたぢ
ろぐ とりあえずバナナ 柳沢 美紀
悲しみが雲となるならその上で我はバケツの
水を落とそう 田口 豊陽
行く夏と共に同期が出立す夏似合うよな男じ
ゃなかった 三木 学
一首目。原発事故で移転した住居から、折々帰省する我が
家で、昔の順序で部屋の掃除をし、汚染のない湧水を覗き、
戻りきては眼前の支柱のぴたりと止まる塩辛蜻蛉を見つめて
いる。塩辛蜻蛉が自然に自分と化す、その表現が精妙だ。
二首目。家族で登った利尻山の、土と木の香、岩間の水滴、
シマリス、山容に出会う。そして、〈ここからが正念場〉の
標識にたぎろぎつt、とりあえずバナナと、一息入れている。
三首目。不首尾な恋の他、内面の諸々の悲しみが雲のなる
のなら、その上でバケツの水を落とし、豪雨を降らしてやり
たいと歌う。その捻りの効いた内面表現に、強く心惹かれる。
四首目。新任地下北沢駅の勤務に励む晩夏の、同期入社の
友の死が歌われている。やや醒めた下の句の表現は、従来の
作者の実直な歌風から、一歩踏み出していると評価された。
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