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「山 を 楽 し む」

2023年04月


橋 本  久 子

 

       山 を 楽 し む      橋本 久子

  二年前のこの欄に「山への想い」を書いたことがある。

 その時は福井県にある荒島岳に登った時のことを書い

 たが今日はその後のことを書いてみたい。

  海外の山に行けなくなったこの三年間は日本の百名

 山を登り終えることを一つの目標として山行に出かけて

 いたが昨年の秋にようやく百座目を登りきることができ

 た。いつだったか山岳歌人でもある雁部貞夫さんと沢口

 芙美さんと山についての鼎談をしたことがあったがその

 時、沢口さんがしみじみと「百名山はやっぱりいい。」と

 言っていたのが印象的でその時から自分も全部登って

 みたいと思うようになっていた。

  荒島岳の後は残りの4座で縦走できれば一気に登り

 終えられるのだがこれらはみな独立峰で一座ずつ登る

 ほかない。北海道に3座残しているので楽しむために

 2回に分けて北海道に渡った。初めに十勝岳に登る。

 この山は火山の山なので崩れやすく、下山の時雷雨に

 見舞われ耳元にバリバリという破裂音を聴きながら濁

 流の中を必死に駆け下りたことが生々しく思いだされる。

 前回登頂はしたものの悪天候で眺望のきかなかった

 旭岳にもまた登ってみたが今回も霧が垂れこめていた。

  2度目は雌阿寒岳と斜里岳に登った。斜里岳も個性

 的な山で渡渉するところが多く滝もたくさんあり「羽衣の

 滝」などは圧巻だった。登り終えた最後の日には知床

 五湖を見に行き知床連山をスケッチした。山の絵を描く

 のが好きなのでザックにはいつもスケッチブックをいれ

 ている。写真もいいけれど現場で引いた一本の線に

 勇気づけられることもある。

  残りの1座はアクセスが悪いため敬遠してきた恵那山

 である。岐阜県にあり大島史洋さんの故郷の山でもある。

 山の名にはたいてい由来となる言い伝えがあるものだ。

 恵那山は胞衣山からきておりイザナギ、イザナミの二神

 が天照大神をお生みになった時、その胞衣をこの山頂

 に納めたのでこの山名になったという。二神を祀った祠

 は少し離れて新しく建てられていた。この恵那山が百座

 目だったので居合わせた山仲間が手のトンネルを作っ

 て私を祝ってくれた。仲間とは有り難いものである。

  恵那山の後はこれで責任を果たしたような気がして

 気持ちが楽になった。これからは百名山にとらわれるこ

 となく好きな山に好きなだけ登ろうという気持ちになれ

 たことがよかった。もともと人に誘われて始めた山なの

 で単独行は好まない。中学生のころ知らない山に一人

 で登って木枯らしの吹く山の音に恐怖を覚えたのが底

 にあるのかもしれない。

  この3年間はトレーニングの意味も兼ねて毎月1,2回

 は山に行っていた。その中でも面白かったのは岩山で

 ある。岩にとりつくとなんだか元気が出てくる。神経を

 集中するのがいいのかもしれない。低山ながら面白か

 った岩山を三つほど書いてみたい。一つ目は栃木県の

 鹿沼にある石裂山(おざくさん)である。加蘇山神社のあ

 る信仰の山だが大岩がゴロゴロしていて鎖場や梯子が

 ありバリエーションに富んでいる。上り詰めると眺望の無

 い月山に着く。月山という山はいたるところにある。

  二つ目は福島県の浜通りに位置する二ツ箭山(ふたつ

 やさん)である。これもまた名前の通り二本の矢羽根が

 天を劈くように2本立っているように見える山容からきて

  いる。核心部は垂直に垂れた鎖のある30メートルほど

  の岩場だろう。足場を確かめながら慎重に登りきると今

  度は男体山と女体山に別れそれぞれ嶮しい岩場である。

  男体山から登り、いったん岐部に下りて女体山を目指す

  両ピークは注連縄で結ばれていて信仰の山だということ

  がわかる。男体山からはいわき市の真っ青な海岸が

  よく見えた。

   三つめは宇都宮にある古賀志山(こがしやま)である。

  この山にはいくつかの登山コースがあるが岩山が好き

 なので岸壁の多い中尾根コースをとる。第一岸壁の取

 り付きに着くといきなりオーバーハングの大岩が立ちは

 だかっていた。一瞬ひるんだがステップを確かめて思い

 っきり脚を伸ばす。最初のスタンスがつかめると以前や

 っていたボルダリングの感覚がよみがえってきて何とか

 攀じ登ることができた。続けて第二、第三、第四と岸壁

 が続いたがだんだん体が岩に馴染んでいくのを感じた。

 途中セルフビレーをとって辺りを眺めるとアカヤシオが

 柔らかな薄紅色の花をつけていた。そして山全体が

 山桜色になって春が闌けていくのが見えた。幸せを感

 じる時間だった。こういう時間にあいたくて山に向かう

 のかもしれない。

        

 

 

 


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