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<47>「 で、お父さんはいつ博士になるの?」

2022年11月


寺 尾  恵 仁

 
       「で、お父さんはいつ博士になるの?」 寺尾恵仁

   2015年7月から2019年3月まで、家族(猫含む)でドイツ

    のライプツィヒに暮らした。帰国後一年経たずしてコロナ

    禍となり、それ以来ずっとドイツには行くことがなかった

   が、このたびライプツィヒ大学に提出した博士論文の口頭

   試問のため、久しぶりにドイツに向かった。帰国してから

   3年8か月、奇遇にもちょうどドイツに暮らしたのと同じ時

   間が過ぎたことになる。

      ライプツィヒ中央駅東口からまっすぐ南下すると、左手に

   ライプツィヒ大学演劇学研究所のあるRotes Kolleg(「赤い

   学寮」)がある。16世紀に建てられ、大戦の空襲でも全壊

   を免れた建物である。中庭に入り、入口のドアを開けて古

   い木の階段を上がると、留学中の様々な記憶が蘇る。

   口頭試問は11月9日、Rotes Kolleg内の研究所の一室で

   行われた。審査委員会の委員長と副査の一人がzoomで

   参加というのは、まことに現代的と言うべきか。口頭試問

   は博士論文に基づく30分間の講演と質疑応答からなる。

   万事滞りなく進み、主査の指導教員(B教授)はじめ研究

   所の先生方にもお褒めの言葉をいただいた。審査結果は

   Magna Cum Laude、ラテン語で「優等」を表す。やれやれ

   と胸を撫で下ろす。その日の午後には、博士論文の出版

   に向けて、B教授とマンツーマンで様々な修正や提案をい

   ただくという贅沢な時間を過ごし、その後余韻に浸る間も

    なくフランクフルトに向けて出発した。

     ごく短い時間だが、口頭試問の前にライプツィヒをゆっく

   り歩く機会があった。町のそこかしこに家族や友人との思

   い出が残っており、甘やかな胸の痛みを感じる。2015年の

   ドイツ渡航時にはまだ1歳だった娘は、いまや小学校三年

   生であり、りとむ短歌会初の第三世代として「小りとむ」の

   常連となっている。彼女が父親の仕事を認識し始めたのは

   いつ頃だったか。「お父さんは博士になるための勉強をし

   ているのだよ」と言うと、「ふうん。で、お父さんはいつ博士

   になるの?」と聞き返された。「さあいつになるかねえ」と

   お茶を濁したような気がする。それから何度となく同じよう

   な問答があり、このたびようやく、本当に「お父さんは博士

   になったよ」と答えることができる。きっと「ふうん。で、

   お父さんの本はいつ出るの?」と聞かれることに

   なるだろう。

    

        写真:Rotes Kolleg

 
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