「 水 の 街 に 住 む 」 寺尾 恵仁
ドイツから帰国後、元住吉に居を定めて一年半が過ぎた。
住んでみて思うのは、水に縁が深い土地ということである。
住所は川崎市高津区明津、いかにも水気の多そうな土地である。
多摩川まで平地が続くが、古代には海辺だったことが貝塚の存在
から分かる。ちなみに貝塚のある「子母口」(しぼくち)という
地名は、もともと潮口だったのではないかと勝手に類推している
(本当は違 うようだけど)
そういうつもりで道を歩くと、色々なことが目につき始める。
古い家の表札は大体岸さんか長瀬さんか川邊さんだし、蟹ヶ谷
とか鯛ヶ崎なんて地名を見ると、もう海辺を歩いている気分に
なる。
原始時代の海辺の集落の辺りには、古代には郡衙が置かれ、
豪族の小さな古墳も数多く作られた。平安期に創設という東日本
でも有数の古刹もある。かえって近世をあまり感じないのは、
近代の発展があまりにも急激だったからだろうか。多摩川の
氾濫がここまで及ぶこともあったかもしれない。
この辺りは横浜と堺を接しており、坂を登ると横浜市である。
坂の下は古い集合住宅が密集し、坂の上は洒落た住宅地と
いうのが、横浜と川崎の経済格差を感じさせるのだが、
それはさておき。
高台はリアス式海岸のように入り組んでいて、谷が深く切り込ん
でいるところが多い。その突き当たりまで歩いていくと、古い
祠があって町名は古滝や清水だったりする。そこから急な階段
を登ると、高台の上に出る。一気に視界が開けて、遥か遠くに
品川あたりのビル群が見える。反対側も平地が続き、場所に
よっては富士山が見える。
川崎と言えば全国でも有数の人口密集地であるわけだが、
こうして歩いてみると、時空を超えて古代の浜辺や中世の農村が
見えてくる。
神庭緑地より品川方面を望む
こうした急坂がとても多い
富
士 山
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