第  21  回  
(2019年2月

寺尾 登志子


          雪の色を盗みて咲ける卯の花は冴えでや人に疑はるらむ

                                                   源 俊頼 詞花和歌集五二

     百人一首で有名な「憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈ら

   ぬものを」は、「祈れども逢はざる恋」という凝った題で詠まれた歌でした。憂

   かりける、つまり私につれない人のことを、もっと激しく初瀬山の吹き下ろしの

   風のように冷たくなれなんて、初瀬の長谷観音様に祈ったわけじゃあるまい

   し、と歌っています。

     題も凝っていますが、歌いぶりも霊験あらたかな観音様への愚痴とぼやき

  が込められ、読者の意表をついています。

     源俊頼は、平安時代後期の歌人で、堀川・鳥羽天皇時代に多くの歌合に

  出詠し判者としても活躍、白川院の勅令で『金葉和歌集』の撰進も行いまし

  た。作品は万葉語や俗語を取り入れたり、大胆な趣向を凝らすなど、王朝

  和歌に革新性を加えた歌人として知られます。

     掲出歌も「卯の花」を「雪」に見立て、それ自体は平凡ですが、着想はなか

  なか奇抜です。「冴える」は古い使い方で「冷える」と同じ意味、掲出歌は「雪

  の色を盗んで咲いた卯の花は、冷たくないから人に疑われるだろう」と言って

  います。卯の花は雪みたいに見えるけど、冷たくはないよね、などと当たり前

  のことをしたり顔で言ってのけた所におかしみが感じられます。「盗む」とか

  「疑ふ」など、王朝和歌ではほとんど使われない語を用いたのも意図的演出

  でしょう。

    天永元年(1110)の「源師時家歌合」の折の作品で、時に俊頼54歳。

  官職には生涯恵まれませんでしたが、この後歌論書『俊頼髄脳』を完成さ

  せています。




【トップページへ】    バックナンバーへ  】
inserted by FC2 system