第  4 4回  
(2023年12月

寺尾 登志子



                               君が行く道の長手を(その四)

             遠く山川や関所を隔て、宅守と娘子は心づくしの贈り物

             を交換したことがあります。歌や便りを伝える「玉梓(たまづさ)

             の使者」などが、奈良の都と越前武生の配所の間を往還し、

             それぞれの手元に届けたのでしょうか。離れた相手をしの

             ぶよすがの品を、万葉の歌人たちは、「形見」と呼びました。」

             を〈逢はむ日の形見にせよとたわやめの思ひ乱れて縫へる衣

                                                    (ころも)そ 巻十五・3753〉

             「たわやめ」は万葉仮名で「手弱女」とも書き、雄々しい「丈夫

      (ますらを)」と対の言葉です。「たわ」は木の枝がしなやかに

            曲がる「撓(たわ)む」に通じます。時代が下ると「たをやめ」と

            書かれますが、どちらも「しなやかでやさしい女」を表します

           「はれて逢瀬のかなう日までの形見として欲しい、そう思いながら

           乱れる心をこめて手弱女(たおやめ)の私が縫った衣ですよ」

           胸に抱える不安や怖れを、針仕事はいっとき紛らしてくれ、

          一針一針におのずと相手への心が込められました。夫はそんな

          妻からの真新しい衣を胸に抱きしめ、相手の肌の温もりを思い、

          憔悴する配所の日々の支えとしたはずです。

          さて宅守が妻に贈った物は何だったのか。具体的には分かりま

          せんが、

          次の二首からおぼろげに浮かんできます。

          まずは一首目。

          〈まそ鏡かけて偲へとまつり出す形見の物を人に示すな 3765〉

          「まそ鏡」は枕詞、「まそ」は真澄(ますみ)の転じた音で、

         「澄みきった鏡」のこと。鏡をかけて使うことから「かけ」にかかります。

         「まつり出す」は「たてまつる」と同じで「さしあげる」ことです。

         「(まそ鏡)心にかけて私を偲んでほしい、と思ってさしあげる形見

         の物をどうか誰にも見せないでおくれ」 」 」

         結句の「人に示すな」からは、恋しい女を独り占めしておきたい

        男の恋情 」とともに、二人だけの世界を他人に邪魔されたくない、

        汚されたくないという願いも読み取れます。そして二首目。

      〈愛(うるは)しと思ひし思はば下紐に結(ゆ)ひ付け持ちて止まず

      偲はせ 3766〉

     「愛し」は、同等以上の者に対する讃美を交えた親愛の情を示し

     ます。「思ひし思はば」の「し」は強めで、仮定条件形の「思ひ思は

     ば」を強めています。

     「もし私のことを、ひとかどの者として愛してくれるなら、それならば、

     これを下紐に結びつけて、いつもいつも私を偲んでおくれ」

    「愛しと思ひし思はば」からは、罪人となった自分を卑下する宅守の

    やるせなさが滲むようでせつない一首です。

    妻への記念の物が具体的に何だったかは分かりませんが、

    下着の紐に結びつけられる「玉」の類か、一首目の「まそ鏡」の

    連想から、紐に付けて身に付けられる小さな鏡ではないか、

    という説もあります。いずれにせよ、娘子が肌身離さず身に付けて

    おける物であったにちがいありません。


   

  

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