第 41 回 (2023年08月) 寺尾 登志子 |
君が行く道の長手を(その一) 高校時代、初めて覚えた万葉集の一首は狭野弟上娘子 (さののおとがみをとめ)の「君が行く道の長手(ながて)を繰り畳 ね焼き滅ぼさむ天(あめ)の火もがも 巻十五・3724」でした。 「君」との別離を嘆き悲しみ、「あなたの旅路を手繰り寄せ、 畳んで、焼き滅ぼす天の火が欲しい、別れるなんて、もう絶対 無理!」と言っています。教科書に載っているのに、なんとアナ ーキーで激しい恋歌か、と驚きました。 また、長い布をたぐりよせて畳んだり、それを焼却してしまい たい、という発想には、衣服を畳んだり、炊事をしたり、春の野焼 きの炎をごく近くで眺めるような奈良時代の生活感情が思われ、 親しみを覚えたものです。 それもそのはず、作者は後宮に勤める下級女官、「女嬬 (にょじゅ)」という低い役職で、華やかな平城宮を裏から雑役で支 える宮人たちの一人でした。名家の奥でかしずかれる郎女 (いらつめ)= 令嬢たちとは異なる立場の女性歌人だったのです。 その相手とは中臣朝臣宅守(なかとみのあそみやかもり)。 中央の名氏中臣家の御曹子の一人で、将来は五位以上の出世が 約束されていましたが、この時はまだ、中級官人の一人にすぎませ ん。二人は宮中で出会い、恋に落ち、めでたく結婚したのです。 ところが、宅守は新婚早々、罪を得て勅令で越前へ流罪の身 となりました。当時、越前へは都から四日の行程だったそうです。 奈良の都から逢坂山などいくつも山を越え、愛発(あらち)の関を越 えてゆかねばならないのが、「君が行く道の長手」でした。 宅守がなぜ流罪となったのか、昔から多くの推察がなされていま すが、今のところは不明です。ただ二人の身分の違いとか、娘子との 結婚そのものが原因だったとする説は、退けられているようです。 二人の交わした歌が63首、巻十五に載せられています。これから しばらく、天平の官人夫妻の悲嘆と恋情を、二人の歌々から、読み解 いてゆきたいと思います。 |