第 17 回 (2021年2月) 寺尾 登志子 |
笠女郎(かさのいらつめ)その七 身分違いの恋を自覚した後に、女郎は深い溜息のような二首を残し ています。 ・心ゆも我(あ)は思はずき山川も隔たらなくにかく恋ひむとは 巻四 601 「心ゆも」は全く、全然、次に打ち消しを伴います。 〈全然私は思いませんでした!山や川を隔てるというわけでも ないのに、逢えずにこんなに苦しいなんて〉 遠ければ諦めもつくのに、相手はすぐ近くにいるのに、逢瀬の ない苦しさを噛みしめています。同じ平城京の近くにいながら、 見えない何かが隔てていることを自覚し、それはなぜ、それは あなたのお心ゆえでしょう?と家持への問いかけにもなっています。 ・夕されば物思ひ増さる見し人の言問ふ姿面影にして 602 〈夕方になると一層物思いが増さります。愛を交わしたあなたの、 あの夜私に語りかけて下さった姿が面影となって現れて〉 満ちたりた逢瀬のさなかに、耳元で愛の言葉をささやいた あなたが忘れられない、と告げているのです。愛し合う現実を喪った 時かつての恋人を追慕する情の濃さは、三百年ほど後の和泉式部 を思わせもします。 「黒髪の乱れも知らずうち伏せばまづ搔きやりし人ぞ恋しき (後拾遺和歌集)」 恋多き女と言われた和泉式部に比べ、家持への思いを一途に 訴えた笠女郎の歌はずっと控え目ではありますけれども、そこに 「物思う女」の系譜を読みとることも出来ましょう。 今回の二首、どちらも二句切れで、始めの五音七音が押さえ きれない思いをストレートに伝えています。これでも伝わらなければ、 恋に殉ずるしかありません。次回は、死んでもお逢いしたい、 と訴える女郎の歌が続きます。 |