第  6  回  
(2020年2月

寺尾 登志子


    地元の工務店さんが作った在来工法の古い家屋に住んでいるので、

  昨今の穏やかならぬ四季の巡りに不安を感じることがあります。拙宅は丹

  沢山塊や相模大山の麓にあり、美しい里山の風景を折に触れて楽しめる

  所ですが、河岸段丘の斜面の高みにあたり、風当たりの強いことは並大抵

  ではありません。殴りつけるような風雨のあと、じんわりと壁や天井に滲みが

  出来ているのを何度か発見しました。

    雨漏りしたらどうしよう、漏電はしないだろうか、などと心配はするものの、

  子ども達が巣立った愛着のある古家ですから、だましだまし手を入れなが

  ら住み続けたいと願うのが人情です。宿主とともに家も老いゆくものと思え

  ば、互いに労りながら過ごしてゆこうと達観した心持ちにもなるのです。

    昨夜は、まだ二月だというのに春の南風が強く吹き、明け方に目が覚めて

  しまいました。暗がりの中で風の音を聞いていると、北側のガラス窓に養生

  テープを貼らなければ、とか神社の森の大木が折れて飛んでこないか、

  とか車庫の車が風で通りに押し出されたらまずいぞ、などと心配ごとが次々

  浮かんでとても達観どころではありません。

    そこで、こんな時こそ心を1300年前の時空へ避難させようと、思い出した

  のが次の歌でした。

        妹(いも)に恋ひ寐寝(いね)ぬ朝(あした)に吹く風は妹にし触れば

                       我れさへに触れ             巻12・2858

    あの子に恋して寝られないこの朝に吹いてくる風よ、もしあの子に触れて

  きたのだったら、この僕にも触れておくれよ。

    四句の「し」は強め、「触れば」は未然形+「ば」で仮定条件を示し、結句

  の「さへ」は「にも」、「触れ」は命令形です。「寄物陳思」という部立に並び、

  「風」に託して恋を詠むという技法が用いられています。

     風の擬人化がユニークですが、なかなか逢えない恋人と肌触れ合いたい

  と強く思うことから生まれた発想です。

    昭和のグループサウンズの歌に「風が泣いている」という名曲がありました。

  「ゴ、ゴ、ゴー、風が泣いているゴゴゴー、風が叫んでる云々」という歌詞を

  万葉歌人が聴いたら、いたく共感するのではないでしょうか。大河ドラマで

  活躍する往年のアイドル歌手を思い出したりするうちに、もう一度寝入る

  ことができました。 

 


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