今 月 の 十 首 詠

第  1  回  
(2022年5月

長 谷   え み 子



         
今 に 忘 れ ず    長谷 えみ子

     
 千坪の家屋敷売り小さなる文化住宅が
     我が家となりて

      傷心の父はある時われを呼びこれが百円
    札と告げにき

     人任せの全財産を失いし父上京す
   昭和の初め

      九歳のわれが能勢口出づる時思ひしことは
   今に忘れず

       東京の住まひは牛込五軒町伯父の
    一家と近くなりたり

       通学は小半刻歩きて神楽坂まがり登りて
        小学校へ

       道すがら宮城道雄の屋敷ありされど琴の音
    聴きしことなし

       越境し通ひし愛日小学校教育勅語
    朝ごとに聞く

      大好きな夏目漱石は愛日の卒後生なり
    われも学びき

       「学校はけふお休みです」二・二・六の日
    先生は告ぐ坂の上から

    
 「歌 評」 今野寿美

     
 二首目、不思議な場面だが父の思いを推し

  量らせて忘れがたい。つらい記憶がまつわ

  る東京への転居ながら、 後半に並ぶ学童期

  の思い出には華やぎも味わいもある。

      よくぞ語り残してくださいました。



  

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