今 月 の 十 首 詠 第 18 回 (2024年3月) 林 充 美 |
太 郎 雲 林 充 美 太郎雲と言えばなにやろ男(お)の子 めき天にそびえて立つ積乱雲 日傘さすわが影もろとも炎天に 溶けゆきそうな参道あゆむ 八月は死者を迎える月なれば墓前に ちいさく迎え火を焚く ちちははも祖父も荷物をまとめたか この世へ還るつかのまの旅 なんとまあ、暑いこったあ。父のこえ 墓の裏から聞こえたような 丸い背をさらにまるめて荷を背負い 母来るらんか汗拭きながら 黙祷を終えて見上げる夏空を 一羽がゆけり一機のように あの雲の嶺のむこうに消えゆきし 戦闘機おもう遠き夏の日 太郎雲おーいと呼べば雲間より 手を振るらんか予科練の叔父 積乱雲くずれはじめて雨粒は 生きてるわれらの睫毛を濡らす 「歌評」今野寿美 8月の黙祷ののち空に目を向けるのは おのずからなる心の趣。そこをゆく 一羽に一機を見ていあむところに 世界の不穏が重なる。太郎の名 には男の子の抗えない哀しさがま つわって。統一感が際立つ十首。(美) |