巻 頭 エ ッ セ イ
<8> 受 験
2018 年 3月里 見 佳 保
受 験
里 見 佳 保
近頃は寒さが厳しい中にも日差しの明るさが増して、春は確実に近づいているのだと感じられる。特別寒いこの冬、幾たびも思い出した歌が
あっ た。
試験運と云ふ事あれば今日の試験に困りてやゐむ四男ミ之
三枝清浩『三枝清浩歌集』
この歌は三枝の父の作。ムック「三枝ミ之」の中の伊藤一彦との対談の企画でも三枝は、短歌を始めるきっかけとなったのが三枝の受験を詠ん
だ父の歌だったと話題にしている。
「親が子どもの受験を心配するのは当たり前ですが、それが日記だったら、おやじも心配してくれたんだという程度で済んだはず。しかし短歌にな
ると心に染みる度合いが一歩深いと感じて、短歌って結構いいものだなと
思った。それがきっかけでしたね。」
我が家の息子もいよいよ高校入試に挑戦する歳になった。学びの場はどこであってもがんばっていける。でも、できれば自分の希望をかなえて
ほしい。母の心は複雑で我ながら苦笑してしまう。彼が15歳、私も母とし
て15歳になった。いろいろなことがあったけれど「大きく、あたたかく育っ
てほしい。」そう願いながら過ごす日々はとても楽しかった。その日々に
いくつか結び目をむすぶように歌をつくってきた。
三枝父子のエピソードと歌は、日記ではなく短歌であることで50年の時を越え、今、私たち親子を励ましている。写真でも、日記でもなく歌という
言葉だけが記憶していることというものは確かにあって、いちばん鮮やか
によみがえるのは言葉の記憶なのだと思う。三枝がたとえ歌人になって
いなかったとしても、心に父の一首があるということがどれほど生きていく
ことを支えてくれたことだろうか。母は息子にあれこれ口を出して言いたい
し、実際言ってしまってもいるけれど、一緒に過ごしていける時間もあとわ
ずか。
たとえ読まれることがなくても親子の時間を歌にしておきたい。
彼をやさしい言葉で送り出したい。