巻 頭 エ ッ セ イ

<61> 「小 さ な 歌 壇 」
 

2024 年 03月


東 野   冨 美 子


       ち い さ な 花 壇          東野 登美子

      長く巻頭エッセイを担当された原田俊一様からバトンを受け取

      ることになりました。自然の恵みと人々の叡智によって育まれ

      た樹木、その香漂う原田様のエッセイを道標として綴らせて

      いただきます。

                  今回は、ちいさな花壇の話です。

      4年前から近隣の障害者施設で働いています。常勤ではない

       ので、如何ほどの役に立っているものかは分かりませんが、

       学ぶこと考えることが多く充実した日々です。

       市立の施設ですが、市内の福祉法人へ委託され、法人の

       職員が障害のある利用者さんの介護・支援をしているという

       かたちになっています。利用者の皆さんは、ただ介護や

       支援を受けるだけではなく、定期的にミーティングを

       おこない、挑戦してみたいこと、希望することを述べ合い

        ます。

       私が所属する班は、身体的支援を必要とはするものの、自分

       で考え、自分の意見を持ち、手助けがあれば様々なことに

       アプローチできるかたが多いので、ミーティングのときは賑や

       かです。

       そんな環境のなかで、5年ほど前から実施されたのが、施設内

        の花壇を管理する作業です。どこにどんな花を植えよう

       かと、インターネット上の画像などをみながら話し合って花壇

        の図面を作成。 苗を購入して皆で植え、水を撒き、

       1年に2~3回植え替えてきました。私が入職した4年ほど

       前には、ばらばらに植えられているだけの「なんとなく花壇

       ?」であったものが、

       昨年あたりから、近隣の人たちに愛でられるほどのもの

       になりました。花壇管理をする利用者さんたちの励みとなり、

       社会に貢献しているという自信に繋がったのはいうまでも

       ありません。

     ですが数か月前から、今までのような形で花壇管理をする

      ことが難しくなりました。花壇管理は、利用者の皆さんの

      「社会貢献がしたい」という意志によるボランティアです。

      花壇の植え替えのために購入する苗や新しい土、そして

      石灰などの費用は、利用者の皆さんの私費で賄われてい

      ました。その私費(必要経費)は利用者さんたちが、

       週2回×0.5時間、施設の庭などを清掃することによって

       得た賃金の一部だったのです。ところが、突然、その清掃の

       仕事が打ち切られました。

     清掃作業の雇用主は、障害のあるかたたちを雇用対象

     とした「生産事業団」ですが、そこに仕事を依頼しているの

     は市です。市がなんらかの理由で、〈障害者枠での清掃〉の

      依頼を中止したため、利用者さんたちの仕事が無くなって

     しまったとのこと。清掃の仕事に替わるものを模索していま

     すが、ほぼ同額の収入を得られる仕事は今のところ見つか

     りません。結果、利用者さんたちには、花壇管理のための

     費用を捻出するゆとりはなくなってしまいました。

     仕事をすること、賃金を得ること、その一部で社会貢献を

     することは、施設の利用者さんたちの喜びであり、誇りで

     もありました。支援されているだけではない、

     私たちにできることをするのだという思いが心の支えにも

     なっていたのです。

     これからのことを話し合いました。それでも花は咲かせたい。

     花壇は綺麗にしておきたい、そう思う利用者さんが多いので、

     水撒きや草取りなどの花壇管理の仕事は続けることになりま

     した。そして、新しい種や苗を買う余裕はないので、

     咲き終わった花の種や球根から、来年も花を咲かせ花壇

     を整えようとしています。

     種苗園のような良い種や苗を育てることは難しいので、

     芽吹かない種や球根もあるでしょう。次年度は、これまで

     より少し寂しい花壇になるかもしれません。

     でも、香りの深い可愛らしい花が、そっと咲くような気が

     します。


           芽吹くまで生死分からぬ冬越しの

                                        木々のみどりがいとおしい春

         中沢 明子(歌集『鳥道』より)
 
  



   
 

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