巻 頭 エ ッ セ イ

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 蝉 」

2019 年 8月


千 家  統 子 


    
「 蝉 」
                                                        千 家  統 子  

 
   今年は7月の中旬過ぎまで比較的涼しかったせいか、蝉の声を聴く

 ことがなく何か物足りなさを感じていた。ところが、猛暑続きの日々と

 なったとたん、都心の街路樹でも聞くようになり、ことに青山公園は耳

 を聾するほどのせみしぐれであった。新国立美術館へ行く途中、樹の

 幹がなんだかぶつぶつとしているので、近寄ってみると(私はかなり目

 が悪 い)セミの抜け殻が30近くくっついていた。トランプ大統領が飛

 び立ったヘリポートと公園の間の土手道の木々である。廻りには同じ

 ように大きい木が何本もあるのに、その木にだけ集中して抜け殻が

 付いているようだった。何を基準に木を選ぶのだろうか。それにしても

、何度通っても、増えることはあってもなくならない。今は子供にとられる

 こともないらしい。、私の子供の頃は空き缶にセミの抜け殻を集めて

 数を競う男の子がいたのだが。


   隠(こも)りのみ居(を)ればいぶせみ慰むと出で立ち聞けば来

      鳴く晩蝉(ひぐらし)              万葉集一四七九 大伴家持


 家持は、鬱々と家に籠っていた時に外に出てヒグラシの声に慰められ

 たようだ。やはり慰めてくれる蝉の声はヒグラシしかないと思う。公園で

 鳴いていた、ミーンミンミン、ジージー、シャンシャンシャンは暑さに辟易

 している身には、何の慰めにもならなかった。心なしか風が涼しくなるこ

 ろになると故郷の裏山で鳴いていたヒグラシが恋しい。



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