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「 詠 歌 の 栞 」

2018 年 12月


千 家  統 子 


    
「詠歌の栞」
                                                             千 家  統 子 

 友人から『家庭文庫第三編詠歌之栞』という一センチ余りの厚さの和綴

じ本をもらった。実家の片づけをしていて見つけたそうだが、大叔母様の

持ち物だったらしい。著者は、華族女学校学監下田歌子。活字本ではあ

るが紙が変色し、読みにくい。拾い読みをしたが、盛りだくさんの内容とな

っている。

 歌の歴史に始まって、古代より明治の代の歌の紹介、新しい歌のあり

方、文法等のほか、現代の短歌の手引書と異なるのが、歌会の作法と

書式、短冊、懐紙、扇などへの書き方指南である。

  新しい歌については、従来の歌が古語古言を連ねて大方の人に理解

されないのはよくないとしつつも、古語でも都合の良いものは復活させて

使っていれば、いずれ理解されると期待し、また、歌には楽が伴うもので

あると主張する。当時の新体詩や文章のような活気を求めつつも、「隗よ

り始めて千里の駿足を待つ」という。明治という、日本語の激動の時代

の、漸次革派とでもいえるだろうか。

 発行は明治三十一年で、三十八年第五版とあるから、発売以来読まれ

続けていたようだ。正岡子規の「歌詠みに与える書」が明治三十一年、

『乱れ髪』が三十四年だから、従来の和歌が否定的にとらえられているさ

なかである。

 この本は、家庭文庫という十二編シリーズの第三編で、三十五銭。巻末

の広告によるとシリーズの他の本は、「料理の手引草」「家事要訣」「女子

書翰文」「婦女家庭訓」「母親の心得」等々。読者層は、おそらく女学校程

度以上の教育を受けた女性たちであろう。いわば良妻賢母になるための

手引書シリーズというところだろう。そういうシリーズの中に、「歌は天地の

真美なり」と緒言でいう和歌が、新しい時代に軟着陸することを目指し、

その素養を高めるためのものが入っていることに驚き、感心してしまっ

た。

 



    




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