巻 頭 エ ッ セ イ
<57> 「 心ひかれる白秋の歌 」
2023 年 08月原 田 俊 一
心ひかれる白秋の歌
原 田 俊 一
〇照る月の冷(ひえ)さだかなるあかり戸に眼は凝らしつつ盲
ひてゆくなり
昭和十三年二月、「多摩」に初出。北原白秋の最晩年の
歌集 『黒檜』の巻頭歌である。
北原白秋は福岡県柳川市に明治十八年に生まれた。
詩集『邪宗門』、歌集『桐の花』、『白南風』等わが国歌壇
に新鮮な家風を送った。昭和十二年暮れ、視力が衰え糖尿病・
腎臓病も併発し、薄明の世界に生きることになった。
掲出の歌は、自分を冷静に見つめ、失望や混乱といった
感情が窺われず、「神々の恩寵が新たに私に下った云ふならば、
この眼疾こそは歓びである。・・・私は充分に静安を守り、
戒慎 して白秋そのものの本質を光鮮しなければならぬ。」
と述べているにも係らず無理をして、「薄明の世界」を五年
さまよい昭和十七年、五十七歳で逝去、まさに佳人薄命である。
名歌紹介
〇君かへす朝の舗(しき)石(いし)さくさくと雪よ林檎(りんご)の
香のごとくふれ
〇春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外(と)の面(も)の草に日の
入る夕(ゆうべ)
〇桐の花ことにかはゆき半玉(はんぎょく)の泣かまほしさに
あゆむ雨かな
〇煌々(くわうくわう)と光りて動く山ひとつ押し傾(かたぶ)けて
来る力はも
白秋が現代歌壇に放った光芒の如き言葉は
永遠に新鮮であり続ける。