巻 頭 エ ッ セ イ

<45>「鮎と森のものがたり」


2022 年 6月


原 田  俊 一 



         鮎と森のものがたり  原 田 俊 一

        川魚の代表的名魚に「鮎」がある。アユ科の硬骨魚で香魚

      とも呼ばれる。春に海より川へ遡上し、6月頃成魚となる。

      古来、宮廷でも重宝され、奈良朝には鮎漁を管理する「鵜

      飼部」があり、吉野川等で鵜飼が営まれ、鮎が献上された。

       島根県益田市高津沖の日本海に注ぐ高津川の鮎が日本

      一美味しいと地元の人は自慢する。

        高津川漁(協)のカタログによると

  @高津川は一級河川ながらダムが無くまた上流に人家が少

      なく、昔ながらの自然環境を維持している屈指の清流である。

     A春になると海より遡上する天然稚鮎が成長したものである。

     B良質の苔を食べ、香り豊かに成長する。

        とある。良質な苔は如何にして生育するのか?それは森と

     関係があることが分かってきた。

        高津川の流域は古来ブナやナラの温帯林であり、その落葉

    による腐食層はフルボ酸を生み、植物プランクトンや川苔の生

    育に必要なフルボ酸鉄を生成する。高津川には流域の森から

    フルボ酸鉄が流出し、鮎の餌の苔を生育する環境が長い年月

    により生成され、現在でも持続されている。

     鮎が豊富であった故か、高津川の鵜飼は独特な「放ち鵜漁」

   であつた。鵜匠は鵜を吾が児のように育て、信頼関係を結び、

   漁期に子飼いの鵜を川に放つと報恩の若鮎を鵜匠に貢いだ。

    鵜匠の死を知らない鵜が、鵜匠の亡き後もせっせと鮎を漁場

   に盛ったと言う民話が今に伝わる。

    なお、万葉の歌聖「柿本人麻呂」も高津川の流域の戸田村に

   生まれ育ったとの説がある。きっと鮎の塩焼きを頬張って食べ

   たであろうと想像すると愉快である。

    〇高津川の苔を求めて遡る尾鰭しなやか稚鮎の群舞

  〇鵜匠亡き後も飼い鵜はけなげにも鮎を貢ぎし哀話伝える
                                                                          以上


   
 

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