巻 頭 エ ッ セ イ

<31>  歌 時 間  


2020 年 12月


里 見  佳 保 

 

           歌  時  間       里 見   佳 保

  若い頃はもっぱら夜型人間だったのだが、子どもが生まれて

   からは夜明け前に起きる超朝型に変わった。母親になってやり

   たいことよりもやるべきことが圧倒的に多くなったから、ひと

   りの時間が欲しかったのだ。

     朝は自分がやりたいことを優先してやった。お湯を沸かして

   ゆっくりお茶を飲むこと。朝日を浴びること。他にもいろんな

   ことにチャレンジした。パンを作ったこともあったし少し時間

   がかかる煮物も作ってみた。そしてなにより歌を読むこと、作

   ること。朝にやりたいことが待っているので起きるのも夜型の

   頃よりぱっと起きられるようになった。朝の歌時間は静かで空

   気も気持ちよくてとても特別な時間。まだ何も始まっていない

   時間空間にいると自分の心や自分の周りで起きた出来事が

   くっきりと浮かび上がってきて、そういったことを歌の題材に

   することも多かった。朝の歌時間から一日を始めるとなんだ

   かきちんと生きているような気がしてうれしかった。実際はま

    ったくそんなことはなく、バタバタしていたのだけれど。

      好きなこと、やりたいことをして自分が満たされた時間があ

   ることで自分の時間を家事や仕事などで他の人のために使う

   ことにも大らかでいられたように思う。

       朝の歌時間は限られているから、読むのも書くのも短く完結

   できるという歌の小ささがつくづくありがたいと思った。小さ

    い分、たくさん作ればいいのだ。

        歌への向き合い方も以前とは少し変わった。歌を作る時言

   葉を追いかけて追いかけてという感じがあったけれど、どちらか

   というと受けとめた言葉を手放していくという感覚になった。

   歌の世界は千年以上流れ続ける川のようなもの。流れに自分

    の歌を放って見送る。そんな感覚。手放せば、またあたらしい

    ものとの出会いがある。そしてまた手放す。そんなことを朝の

     歌時間の中で繰り返していきたいと思う。


     文体が溶けてゆくから歌わなかった―ライラック色の暁が来る

                                                      前田透『天の金雀枝』


   

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