巻 頭 エ ッ セ イ

<28>  栗原浪絵詩集  

『小さなろうそく』 
について

2020 年 09月


和 嶋  勝 利 

 


    栗原浪絵詩集『小さなろうそく』について

                              和 嶋  勝 利

   栗原浪絵詩集『小さなろうそく』(以下「本書」という。)を紹介したい

 ご存じのとおり栗原さんは「りとむ」の仲間であり、すでに歌集『藍色の

 鯨』がある。その栗原さんが2020年5月に上梓されたのが本書である。

 早速、作品を見ていきたい。

        キッチン

      加湿器の

      ととと ととと

      という音が

      冬の夕暮れを

      彩っている。


      オノマトペの「ととと…」から助詞の「と」へと畳み掛けるリズムが心

  地いい。はじめに「これって、短歌ではないのか。」と思った。あらため

  て読みなおすと、確かに短歌の定型に収まっている。しかしすぐに、

  この作品を短歌といってしまうのは少し、いや大いに違うと考えをあら

  ためた。五行目の「彩っている。」という息づかいがそう感じさせる。

  このような定型を借りた詩がなかったわけではないが、「キッチン」は

  栗原さんの遊び心と詩への果敢な試みが融合した一篇なのだ。

     他にも、五十音を折り句にしたような「あにまる・あいろにー」という

  作品に反応してしまうなど、本書のなかに歌人栗原浪絵をついつい探

  してしまうのはよくないことと思いつつ、これらは歌仲間へのサービスと

  受け取った。「キッチン」とは楽しい出会いであった。


    次に、本書のなかのぼくが好きな作品を紹介したい。


          たねきとぬこ


      ある日、毎日、空虚だなぁと感じたたぬきは、

      ぬを捨ててしまいました。

      で、たき。たきってあの流れが激しい滝?


      ある日、毎日、退屈だなぁと感じたねこは、

      ねを捨ててしまいました。

      で、こ。こって子どものこと?


      先ほどの「たき」は困って、自分がやって

      しまったことを後悔して、ゴミ捨て場に

      自分のぬを探しに行きました。

      落ちていたのはぬにちょっと似ているね。

      まぁ、いっかということにしてねを拾ってきたので、

      たねき。


      一方、「こ」は困って、自分がやって

       しまったことを後悔して、ゴミ処理場に

       自分のねを探しに行きました。

       見つかったのはねに似ているぬ。

       で、ぬこ。


        しばらくして、「たねき」と「ぬこ」が通りで

        ばったり出くわしました。

        オレたち、何か似ているような?

        変わり者だけど、変わり者で

        まぁいっか。

        「たねき」と「ぬこ」は大好きな稲荷寿司を持って、

        ハイキングに出かける

        ことにしました。


     まるで童話のような一篇である。「まぁいっか。」や唐突に出てくる

  「稲荷寿司」も微笑ましく、作品によい趣を与えている。栗原さんはこの

  ようなこのような創作を息子さんに聞かせてきたのだろうか。また、

   この「たねきとぬこ」が絵本になったらどうなるだろう、「たねき」や「ぬ

   こ」をイラストレーターはどのように表現するだろう、といろいろ想像が

  掻き立てられ、この作品にも大いに楽しませてもらった(本書の表紙の

  挿画には狸と猫がいたことは後で気が付いた。)。

    「あとがき」によれば、栗原さんが本書を上梓した動機には息子さん

  の闘病生活があるとのことだ。栗原さんが自身を励ますための一篇

  一篇によって励まされる人はぼくも含めてきっとたくさんいるだろう。

  栗原さんの本書に対する思いを大切にしたい。


  

 
  


 
 





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