てんきりん

<22> 『 昭 和 と わ た し 』 



2019 年  12 月


三 枝  昻 之



   この道を泣きつつ我の生きしこと

      我がわすれなばたれか知るらむ 田中克己


  文春文庫の澤地久枝『昭和とわたし』を読んでいるとき

この歌に出会った。三十八歳の澤地さんが二度目の心臓手

術を受けたとき忘れられる存在と覚悟し、どう生きのびて

ゆくのか思案する日々の中の日録に呼び寄せた歌。田中は

保田与重郎らと「コギト」を創刊した詩人だが短歌もあり

昭和三十年の『歌集戦後吟』の初期歌編から。若き煩悶が

時を隔てて苦境に立たされた一人の心を支える。短さに思

いが凝縮される短歌ならではの暗示力だろう。『昭和とわ

たし』には澤地さんのエキスが詰まっている。(三枝昻之)




   

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