天文工房より

<14>


2014年6


和嶋勝利

 今回は、身の回りで起きている最近の与謝野晶子現象について。

 まずは、「日本経済新聞」の新聞小説から。

 現在「日経新聞」で連載中の新聞小説「波止場浪漫」は、日清・日露戦争に沸く明治から大正にかけて、静岡の清水港の船宿を切り盛りした「けん(清水の次郎長の娘で実在の人物)」という女性が主人公の物語。

 この「波止場浪漫」の中で、けんが、道ならぬ恋の相手である植木に対し「何に不滅の命ぞと…。」というフレーズを語りかける場面があった。

  春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を
  手にさぐらせぬ   晶子


 まさにけんは、この一首を語りかけている。

  次に、植木が「むねの清水あふれてつひに濁りけり…」と詠みかけると、「君も罪の子我も罪の子」と二人は唱和し抱き合う。

 「波止場浪漫」の中では、正岡子規や樋口一葉のことが話題となることもあったが、このような場合に晶子の作品はとても饒舌である。道ならぬ恋を深める男女には、余計な台詞より、詩歌が持つ心のエッセンスに語らせる方が効果的だ。

 次は、ご存じNHK連続テレビ小説から。

  現在放映中の村岡花子を主人公とした「花子とアン」に、柳原白蓮こと葉山蓮子が登場するが、この蓮子が現れるやいなや、自室で読んでいたのが『みだれ髪』である。『みだれ髪』をおおよそ知っている人なら、あの本のサイズや表紙のデザインですぐに気付いたのではないか。そして蓮子が、融通のきかない女性英語教師に対し、次の一首をぶつける。

  やは肌のあつき血潮にふれも見でざびしから
  ずや道を説く君   晶子


 このくどい演出には違和感を持ったが、ドラマというのはこれくらい濃厚でないと世間は支持しないのであろう。

 ところで、少し前にトヨタ自動車の「sai」のCMでも、この「やは肌の…」が使われている。助手席の女性(女優の真木よう子)が、「やは肌の…」と一首をつぶやき「分かるでしょ。」と問いかける。その後「口説きなさいってこと。(「sai」の駄洒落か。)」という心の中の声があり、「いじわる。」と再び声を発する。その後、車は走り出し、助手席の女性は「いじわるしちゃうから。」と運転席への目線でテレビの視聴者に挑発する。晶子作品を題材とした、やや滑稽な演出ではあるけれども、嫌みはない。

  男は、ギュッとハンドルを握りしめる手で出演するだけで終始無言であるが、もう後戻りは出来ない(はずである。)。「やは肌の…」の詩のエッセンスが「口説きなさいってこと。」かどうかは、議論の余地があろうが、ちなみに、俵万智の『チョコレート語訳 みだれ髪』では、「やは肌の…」の一首は次のようになる。

  燃える肌を抱くこともなく人生を語り続けて寂しくないの
              俵万智の『チョコレート語訳 みだれ髪』

 明治、大正を舞台にしたドラマから、CMの現代的な男女のやり取りにまで、晶子の作品は有効であり、与謝野晶子はまさに不滅なのである。


inserted by FC2 system