第 1 回  
(2017年 7月

寺尾 登志子

秋の田の穂の上に霧(き)らふ朝霞いつへの方に我(あ)が恋止(や)まむ       

                            磐姫皇后 万葉集巻2 八八

 女の嫉妬といえば、ギリシア悲劇の「王女メディア」や「ニーベルンゲンの歌」

のブリュンヒルトなど、激越な猛女が有名ですが、わが国上代にも、夫の恋愛を

断じて許さぬエネルギッシュで一途な女性が伝わっています。

  仁徳天皇の后、磐姫(イワノヒメ)皇后です。その頃優勢だった葛城氏を出自

とし、臣下の女子が初めて立后した例となり、のちの履中、反正、允恭天皇を

生みました。

 記紀の磐姫はたいそう気性が激しく、仁徳天皇の召した妾(ミメ)を宮中から

追いやったり、事が発覚すると「足も足搔きに」地団駄踏んで激しく嫉妬したそ

うです。きわだつ美貌で天皇に愛された吉備の黒日売(クロヒメ)は、皇后を恐

れるあまり故郷へ逃げ帰ってしまいます。その船出を高殿から見送る天皇は、

愛おしさと悲しさで一首詠んだのですが、それを知った皇后は怒り心頭に発

し、船から黒日売を降ろしてしまいます。そのため危険で困難な陸路を、黒日

売は歩いて帰るより他ありませんでした。

  また、祭事につかう御綱柏の葉を採りに行く間に、天皇が八田の若郎女(ワ

カイラツメ)を宮中に召し入れたのを知り、船いっぱいの御綱柏の葉を難波の

海に投げ捨て、二度と皇居に戻らなかったそうです。ところが『万葉集』巻二の

巻頭には、こうした姿と結びつかない歌が四首、皇后の作として並んでいます。

君が行き日(け)長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむかくばかり恋

ひつつあらずは高山の岩根しまきて死なましものをありつつも君をば待たむう

ちなびく我が黒髪に霜の置くまでに君が離れて久しい。山道を尋ね迎えに行こ

うか、待ちわびていようか…。こんなに恋焦がれていないで、いっそ高山の岩を

枕に死んでしまいたい。いえいえ、生きてこそ君を待ちましょう。黒髪に歳月の

霜が置くまでも。

  そして掲出歌が続きます。やがて朝霧が消えるように、この恋もいつかどこか

へ消え、心鎮まることがあるのかしら。深い溜息のような朝霧。人も恐れる磐姫

の嫉妬とは、自分でも持て余すほどの、激しい恋心のゆえではなかったでしょ

うか。




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